③メイク

 

普通、人は大学デビューというものにどこまで懸けているものなのだろうか。

 

少なくとも僕の場合は、己の全てを懸けていた。そう断言できる。

 

 

中高浪人時代に溜まった鬱憤と大学時代への情熱から生まれた〝それ〟は、変身願望というより破壊衝動に近かったように思う。

 

入学前は、少しでもイメージが膨らむよう大学生活を描いた作品を読み漁り、少しでも積極的となれるよう視力矯正手術によって眼鏡とコンタクトを卒業した。

 

いざ入学してからは、キッカケを掴むと、面白い奴や凄い奴と思われる為なら何でもするようになった。

 

ライブで暴れ回るのはもちろん、全ての会話をお笑いライブと見立てて向き合い、小説の構想以外は人を面白がらせる方法を熟考し、

 

僕というキャラクターを浸透させる為に同じフレーズの使用やトレードマークとなる持ち物や服装を徹底した。

 

 

気づけば、僕は学内ですっかり有名人となっていて、校内を少し歩けば知り合いに出会い、知り合いでない人も僕を知っていた。

 

そして、一年にしてサークル宣伝用の大看板が自分の顔と決め台詞の一点物と決まった時、遂に自分の努力が形となったようで大きな達成感を感じた。

 

 

会う人、会う人が、僕の事を面白い人や凄い人と言ってくれる。

 

だから、僕は完全に有頂天になっていたように思う。

 

 

そんなある時、よく知らない女の子と卓球している最中に「私、今まで○○さんほど面白い人に出会ったことないです」と言われた瞬間、

 

自分の中に〝つまらない人〟と思われる事への強い恐れがあることに気がついた。

 

 

確かに人を面白がらせる事はこの上なく楽しい。

だが、結局は昔の孤独と鬱憤が生んだ陳腐な承認欲求だとしたら?

 

ヒーローに変身したつもりが、実はマスクとマントを付けただけのコスプレ男に過ぎなかったとしたら?

 

 

いつからか、僕の中には本物のエンターテイナーが住んでいる。そう信じ始めていた。

 

でも、もし、例えそれが大きな間違いであったとしても、今さら引くわけにはいかない。

 

 

訝しげにこちらを見ていた女の子に作り笑顔を一つ返すと、僕は再びサーブの構えを取った。

 

何がどうであろうとも皆が信じる僕を演じ切ること、それこそが本物のエンターテイナーの証であることを願って、僕はボールを高く放り投げる。〈④へ続く〉

f:id:orion0314:20210202234433j:plain

mindprogress-outline.hatenablog.com